圧倒的な創作物に触れた時に
その人のことを知りたくなることがある。
別にその人自身を全部知りたいというより
こんなのどうやったら思いつくんだ?
みたいな。
創作物には、その人が考えてきたものとか
好きなものとか、見てきたものとか
そういうものが一部出ている。
だから圧倒的なものを見せられると
その人の創造性の一端を見たような気がして
その源泉をちょっと覗いてみたくなる。
何を見て、何を考えて
どういう思考をしたらこれが出てくるんだろうと。
憧れとか、その人のことをもっと知りたいという感覚も
こういうところから始まるのかもしれない。
そしてこれを考えていて
なんとなく、この感覚自体は昔から知っていた気もした。
自分が人から質問された時に
その質問が表面的なものなのか
もう少し自分の内側に向いているものなのかを
なんとなく感じ取っている気がする。
ここでいう深い質問というのは
難しい質問という意味ではなくて
自分が何を考えているのか
なぜそう考えたのか
どういうところからその発想が出てきたのか
そういう自分の想像力や思考に近いところまで
興味を持っているかどうかという感じ。
だから簡単な質問でも深く感じることがあるし
逆に難しい話をしていても表面的に感じることもある。
そして、ちゃんとそこまで見て質問してくれる人には
なんとなくフレンドリーなものを感じる。
この人は答えが欲しいだけじゃなくて
自分がどういう人間なのかを少し知ろうとしてるんだな、と。
考えてみれば
自分が圧倒的な創作物を見た時にやっていたことも
たぶんこれと同じなんだと思う。
作品そのものだけじゃなくて
それを作った人の内側を少し知りたくなった。
人に興味を持つというのは
その人についての情報をたくさん知りたいということではなく
その人には何が見えていて
どう考えているんだろう
と、その人の内側に少し近づこうとすることなのかもしれない。
そして人は案外
そうやって近づこうとしてくれていること自体も
なんとなく感じ取っているのかもしれない。
